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カテゴリ:三鷹校( 38 )

 

"おかげさまで18周年!キャンペーン" 終盤です。

 今年の東京パソコンスクール創立18周年記念キャンペーンも、早や終盤になってしまいました。
 昨年、一昨年と続けたソンコ・マージユさんのライブコンサートを今年は行わないからといって、忙しさにかまけて年に一度の周年祭の書き込みまでも無精してしまうところでした。教室内外の看板やポスターを見ていただいている現役の生徒さんたちは別として、卒業生や外の方々に「今年は記念キャンペーンさえできないのか?」と心配をおかけしてもいけませんので、今更ですが今年も周年キャンペーンは、なかなか好評裡にやっておりましたというお知らせだけはしておこうという次第です。

 おかげさまで丸18年を迎え、気がつくとこの三鷹駅周りに沢山(8軒ぐらいは)あった大手のスクールやフランチャイズ経営の教室が、見事に撤収・閉鎖され、唯一当東京パソコンスクールだけが生き残ってがんばっています!
 13周年・14周年記念のこのブログ記事を読み返してみると、ちょうどXP・Vistaからの転換、移行期でした。この時期、合わせてまだ4割強もいたこれらの生徒さんたちのほとんどが無事にWindows7と8以降へと移られて、Windows10全盛の現在に至っています。

 つい数日前も18年前の創立時から在籍してくださっている生徒さんと、10数年前におクニでご主人様を亡くされたのを機に息子さんのいらっしゃる東京に出てこられてすぐに、当校でパソコンを始められたという80代の生徒さんが、「いつの間にかもう10年以上になるのねぇ…!」と、コーヒータイムに歓談されていました。
 5年以上どころか10年以上も通ってくださっている生徒さんが、こんなに多数在籍しているパソコン教室もほかにはあまりないのではないかと自負しています。

 過去にこの周りにあった他の教室は、インストラクターが生きた人間ではなく、隣のVTRとヘッドホンで機械の”先生”が教えるという、受講料は安いけれども年配の生徒には何とも心もとないシステムだったり、コースが細切れのお仕着せで、自分のペースに応えてくれない、などの欠点があったようです。
 扱うものが機械(PC)でも、生身の人間同士でコミュニケーションをとりながらでなければ何事も身には着きませんし、何よりもよくわからないと楽しくなりません。そして楽しくなければ続きませんね。

 上の、機械が先生のような教室に行ったことがあるという年配の生徒さんが、「若いインストラクターの先生に質問しても、どうも言葉が通じないのです。」とお話していたことが強く印象に残っています。同じ耳の聞こえる日本人同士なのに、これはどうしたことでしょうか? 現代の若い人たちの使う日本語と年配の人たちが意味するところが違ってきているのでしょうか?


 突然ですが、次の問題を解いてみてください。
 【メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多くおよそ35%である。】

 実際には、これを表す円グラフの図が①から④まであってどれが正しいかという4択問題ですが、今ここではその図を省略しますので、ドミニカ共和国の他にベネズエラやその他の外国人選手という項目などがある円グラフを自分で想像してみてください。
 このブログの聡明な読者の皆さんは、(4択でなくても)ドミニカ共和国が全体の何%になるか?という算数の答えは出せるでしょうと思いますが、ちなみに高校生(277人)の28%、今年度東大合格者のなんと52%しか正解できなかったというのです!


 毎日新聞のインタビューで、数学者の新井紀子教授もこの結果には「正直衝撃を受けた」と語っています。
 少し前から、AI(人工知能)に人間が使われる時代が来るのではないか? という話がありますが、新井教授の著書『AIvs.教科書が読めない子どもたち』で、AIは記憶力や計算力は人間を優ることができるが「意味を理解することができない」のだと述べています。つまり、上のような問題は数字を扱ってはいますが、文章の意味が分からなければ解くことができないのです。

 なるほど、これでは人間の良さがなくなるわけですから、AIに取って代わられても仕方がないということになりますね。
 すでに7年前の調査で、大学生の実に約4分の1が「平均」の意味を理解していないという結果が出ていたというのを聞くと、本当にこれからの日本は大丈夫なのか?という思いがつのります。
 新井教授は、「ある意味で、民主主義が成り立たなくなるのでは、という危機感さえあります」と述べています。

 「民主主義は、社会を構成する市民が「論理」を土台にして議論できる、ということが前提になっているシステムだから」「子どもの読解力低下と森友・加計学園問題をめぐる国会での論理がないがしろにされている現状には、共通の構造がある」
 と説明しているのを読んで、我が意を得たり!とばかりに私は得心がいったのでした。
 この1年以上もの間、国の首相や副首相をはじめ、民主主義国の土台でなければならない偉いお役人たちが平気で吐いている嘘と、整合性のない、知性のない言葉の数々に呆れ果てて来たからです。

 田中優子法政大学総長もこの新井教授の著書を引いて、江戸から明治への大きな変化の時代に果たした議論の力、役割について述べて、その前提は読書力とそれに養われた知性だったと語っています。
 18歳以上が「大人」になってしまったこの国のこれからの教育は、英語会話力やプログラミング力も良いですが、それよりも先ず、読書による日本語力をしっかりと育てることから初めてほしいと思うことしきりです。

 最後に、毎日新聞「仲畑流万能川柳」から、最近の最高傑作をご紹介します。
  『膿出すと言ってる人がウミの親』

mitakayoko


by mitakamusasino | 2018-06-22 16:59 | 三鷹校 | Comments(0)  

ソンコ・マージュコンサート ありがとうございました!

 おかげさまで、東京パソコンスクール開校17周年キャンペーンと、記念の"ソンコ・マージュ コンサート"を無事に終えることができました。皆さまありがとうございました。
 この7/1の小さなコンサートは、前回ご案内した「ミタカノイス」が持っている部屋の空気と、ソンコ・マージュの本当の生演奏と歌がとてもよく似合った会になりました。
 ちょうど部屋の定員いっぱい、昨年と同じぐらいの20数名の皆さんのご参加で、ちょっと贅沢な良い時間を共に過ごすことができました。

 明日が東京都議会選挙の投票日という土曜日の夕方でしたから、外では選挙カーの演説が直前にやかましく響いていたのですが、こちらはいろいろな意味で別世界でした。(ちなみに選挙は「安倍一強」にお灸をすえた結果になりましたね。)
 お喋りも上手なソンコさんは、去年炸裂した政治漫談のような?お話が今年も聞けるかと期待した向きもあったのですが、投票日前日ということで"自粛"されたようでした。でも、昨年以上にお歳を感じさせない声とギターの響きでした。

 今年は簡単な打ち上げを同じ空間でやれたので、その時にはソンコさんの率直なお喋りと、なんと!時間外おまけアンコールに気さくに応えて、『鳥の唄』をごく間近で聴くことができたのです!
 ソンコさんは、ご自身の「若い時の歌は、ただ朗々と歌っているだけで恥ずかしい。今は少しは魂で歌えるようになっていると思う」というようなことを仰っていました。また、ソンコさんと同年代の方が帰られる時には「5年後にはもっと上手くなっているから(聴いてほしい)」と仰っしゃりながら固い握手を交わされたそうです。私は、この変わらない強い向上心に心打たれました。

 去年は前の日が岐阜での演奏と打ち上げでお風邪を召したということでしたが、今年は逆に翌日が岐阜でのコンサートとのことでした。
 年下の私たちのほうが、ソンコさんから元気をいただいた一日でした。

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 こちらは、当日参加された方から頂いた満開のトルコ桔梗です。
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mitakayoko

by mitakamusasino | 2017-07-08 18:19 | 三鷹校 | Comments(0)  

おかげさまで17周年!今年もソンコ・マージュ コンサート開催します!

 あっという間に昨年のコンサートから丸一年、ここへの書き込みも一年ぶりになってしまいました。
 3年前(2014年)の東京パソコンスクール開校14周年には、ちょうどWindows PCのOS XPの生徒さんたちが、全員無事にWindows8に乗り換えたと書いています。その頃まだ20%も残っていたVistaの方たちが、この4月のサポート切れを期して、こんどは (秋まではサポートのある2007使用の) お一人を残して皆さんWindows8.1や10になりました。

 82歳になられたソンコ・マージュさんを、昨年に続いて迎えられることを嬉しく思います。
今年も変わらぬあの”渋い” 声で、魂の歌とどこか哀しみを抱えたギターと、弱い者たちへの応援歌のような「毒舌」と笑いのお喋りで、私たちに元気を与えてくださることと思います。

 以下はソンコさんのHP(http://sonkomayu.com/bio/index.html)からです。
下のソンコさんの文章に続く、村上龍 氏たちがソンコ・マージュに捧げている名文も、ぜひじっくりとお読みくださいますようにお願いいたします。

 師ユパンキが私に残していってくれたものは、愛に透徹した全人類的と思われる音楽と人間の平等性、それに寛容であった。そのことから私はユパンキのギターの弟子というより、ヒューマニズムの弟子と言ったほうが適切かも知れない。
(略)
・・・ところでユパンキは「風景」という言葉をよく使った。風景のなかで最も素晴らしいのは人間だとも言った。確かに人間は自然が創り出したもののうちでは傑作ではあろう。その自覚は大事である。しかし人間が自然のなかのひとりである自覚を忘れてはならない。だから人間が多くの自然を支配することは人間自身を支配するのに等しい行為だ。今や人間は尊い地球の生命を一瞬に奪うことすら出来る。この人間世界に慄然とすべきだ。
 ユパンキは偉大な芸術家である前に、人間を含む「自然への畏敬」を叫び続けたひとりの人間でもあった。
(略)
・・・私に遺したユパンキの言葉がある。

   「ギターは心の前に置いて弾かねばならぬ唯一の楽器だ。
             だから深い親愛の声を持っている」

 日本人はそれでなくても遠慮がちで(?)、自分の正直な考えを人前では言わない(言えない)人たちが多いのに、一昨年ぐらいからメディアも社会の木鐸たるその役割や責任を果たしているとはいえず、またとみに「忖度」ばやりで自粛・委縮する人間が多くなっている昨今、せめて、熊さん、八っつあんたちの長屋談義のような、力ない者たちへの人間愛に溢れた、ソンコさんの歯に衣着せぬ物言いで笑い飛ばしたいものです。

 最近TVで、「もりかけ」というのを聞いて、蕎麦屋さんのハナシかと思いきや、例の森友学園と加計学園のことだそうです。確かにこの2つの問題は、一国の総理大臣が問題のカギになっている点をはじめ、何かいろいろな面で似ていますね。
 登場する中心人物がそれぞれに個性的で対照的なのが面白いといったら失礼になりますが、この方たちは熊さん、八っつあんの世界からいうと決して弱者とはいえないと思います。しかしこの人たちが時に「弱者」に見えるほど、国の「権力」の強大さを思い知らされる事件ではあります。

  「忖度社会」などという新語も出てきてしまいましたが、つい数ヶ月前まで日本の官僚のトップの立場にあった人が、公然と「あったものをなかったというわけにはいかない」と言って証言したのには驚きました。
 ことなかれ主義で保身を考えるなら、敢えて発言する必要はなかったはずですから、勇気がある人だと言う人もいれば、なぜ現役の時に言わずに今ごろ言うのか、地位を追われた意趣返しだ、という人もいます。

 しかし、同じ時代に同じ文部科学省の官僚だったという人に言わせると、現役の時には上の立場に居れば居るほど組織のこと、組織の部下たちへの迷惑を考えると言えない、退職した今だからこそ言わなくてはならないと考えたのではないか、とのことでした。ご本人 前川喜平氏は他のインタビューに答えて、退職して天下りもしていないので、最も自由を手にした今だからこそ、現役時代になすべきと思ってもできなかったことをやる、というようなことを述べていました。

 この前川氏の会見の前後に某大新聞や官房長官が、この人物の人格を誹謗する記事を書き発言したのは、森友学園の籠池氏に関してとった手法(それも成功していないのだが)と似ていて、何か日本の「国家の品格」が問われるような恥ずかしい気がします。
 我々はその本当の人となりを、メディアを通してしか知らないわけですから、勝手にその人を決めつけるのは実は怖いことだと思います。しかしながら(顔の好き嫌いは別として(^-^;))じっと見ていると、一方でテレビというメディアは、けっこうその人の素顔や本性を垣間見せてくれるものです。悪い人間でも、「ここは嘘じゃないな…」などとです。

 問題は、たとえその人柄がどうであれ、個人的には「嫌な奴」だったとしても、政治的な問題になっていることとは無関係なはずです。それを国の最高権力の座にある人が人格的な問題にすりかえて言うのは、何か幼稚な、品の悪いやり方だと言わざるを得ません。我々国民をそういうレベルだと見ているということにもなります。

 「共謀罪」も、主務大臣である法務大臣自身が内容を理解していないとしか思えない答弁ぶりで、歴史を知っている"一般市民"は、よけいに不安になったままで衆議院を通ってしまいました。
 5/28付毎日新聞の「時代の風」という欄で藻谷浩介氏が、「『2020年のオリンピックに向けて』という標語の下、共謀罪が制定されようとしている。他方、同じ標語の下に厚生労働省が提案した飲食店内の全面禁煙は自民党内から激しい反対を受けている。」と、その矛盾を書いています。

 なぜか安倍首相は同様に、「2020年のオリンピックまでに」9条を含む憲法を変えたいと、独断的に発言して自民党内でも反論が出ているようですが、何でもオリンピックを引き合いに出すのはいかがなものでしょう?と思います。
 一次阿部内閣の時には悪評にまみれてあえなく倒れた時とは対照的に、最近は野党と比べて「支持率が高いのだから」と、二言目には国会などで公言して自信に溢れているようですが、確かに「高い支持率」を与えているのは私たち国民であることは間違いありませんね…。

 …さて気を取り直して、17周年のコンサートのご案内に戻ります。
7月1日(土)東京パソコンスクールの教室の1軒おいてお隣の”ミタカノイス”にて、16:30開演です。
 ちなみにこのミタカノイスという部屋は実に不思議な奥深い空間で、ある時は有機野菜の八百屋やさん、ある時は印刷やさんでプログラマー、またある時は街の保健室・・・と私が陰ながらお噂している「宮沢賢治の”雨ニモ負ケズ”のような人」で、これまた弱い人たちの味方がそのテーマかと思われる人がやっている場所なのです。
この不思議な空間に、どうぞ一度おいでになってみてください。

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  mitakayoko

by mitakamusasino | 2017-06-01 08:00 | 三鷹校 | Comments(0)  

創立16周年記念コンサートのお誘い

ソンコ・マージュさんをお迎えして

東京パソコンスクールの創立16周年記念イベントとして、6月30日(木)にソンコ・マージュさんをお迎えしてコンサートを開催することになりました。
実は私は、ソンコ・マージュさんとのご縁はこれが初めてではありません。劇団創作劇場の公演で、昭和43年(1968)10月新宿厚生年金ホールにて、作・たなべまもる、演出・津川英介「ぎたあちんこんか」という、ギターが主役のお芝居に、主演でソンコ・マージュさんをお招きしたのが最初のご縁でした。以下は、そのイントロダクションです。

"現代の奇蹟…
その名は泉 万吉(ソンコ・マージュ)
ギターをかかえて不毛の町にやってきた
その虚心な生き方に 
不毛の町の人びとは人間の生きる意味を知った”

この芝居は、荒廃した町をギターの音で世直しをしようというものでした。ギターの音が町の人々に通じなくなったために弾いているギターを叩き壊すという衝撃的なシーンがあり、ヤマハから提供を受けて毎回の舞台で演奏中に叩き壊したギターの数は、全部で10数台になりました。

あれから48年たちましたが、世の中は良くなっているのでしょうか?
比べてみると当時の世界人口は35億人、現在は倍以上の70億人を突破し増え続けています。日本はどうか?劇的な少子高齢化と今まで経験したことのない人口減少という局面に突入しています。成熟した国家だということです。もう経済成長ということは望めません。
職場や生活にパソコンが入り、昔の読み書きソロバンと同じように今はパソコンができて当たり前の時代になってきました。スマホ依存症という病まで出てきています。顔と顔を合わせて話をするというコミュニケーション能力、人間性が希薄になったとも思います。

また、格差社会といわれる通り、貧富の差は広がるばかりです。殺伐とした殺人事件などもなくなりません。こういう時代だからこそ芸術…、映画・演劇・絵画・音楽が必要とされるのではないでしょうか?
師アタウアルパ・ユパンキの志、ヒューマニズムを引き継いだソンコ・マージュさんは常に弱者の視点で物事を考えておられます。また“笑い”が非常に重要だと、どうしたら観客に笑いを届けられるかと考えておられます。病院から請われて演奏(音楽療法)にも行かれているようです。

ソンコさんのお宅を訪ねて、ご自分の馬にギターを聴かせているビデオを見せていただきましたが、ギターを聴く馬がうっとりとして頬を寄せていく様子が映されていました。これを観て、昔、アメリカの学者が、実験で植物にいろいろなジャンルの音楽を聴かせても反応はなかったが、ラヴィ・シャンカールのシタールの音を聴かせたときには、突然スピーカーに巻きついてきたという話を思い出しました。動物・植物にも感情はあるのですね。生きている生物全てに音楽は必要です。

また友人の龍村 仁監督の映画「ガイアシンフォニー第六番」によりますと、最近の科学技術の進歩によって、この宇宙の全ての存在、銀河系、太陽系、地球、海、山、川、森、岩、動物、植物、バクテリアから原子のひとつひとつまでもが、それぞれ独自の“音楽”(vibration)を奏でていることが分かってきました。「人間が音楽をつくる以前に、“音楽”がこの宇宙をつくり、生命を生み出し、人間をつくった」という宇宙物理学者もいるそうです。

ソンコ・マージュさんの魅力は、そのホームページ(bio頁)に「魔術による浮遊の感覚」と題して、作家 村上 龍さんの名文でも紹介されていますので、ぜひご覧ください。(その他 日刊ゲンダイのサイト2015年4月27日号「”孤高のギタリスト”ソンコ・マージュさんブレークを拒む理由」などご参考に。)
小さい会場で、マイクを使わない生演奏の歌とギター、それからお話を聞けるのはまたとないチャンスです。ご家族、ご友人、お誘いあわせの上どうぞお出かけ下さい。
 
お問い合わせ、お申込みは東京パソコンスクールまで。
別紙チラシもご参照ください。                           松本忠利

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          今年も、ご高齢の生徒さんが丹精込めた5月のバラです! 

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by mitakamusasino | 2016-05-17 17:06 | 三鷹校 | Comments(2)  

戦後70年の年に "おかげさまで15周年!"です!

東京パソコンスクールは、この6月で開校から満15歳を迎えることができました。
”おかげさまで15周年! 記念特別キャンペーン” が5/25からスタートして、現在、好評開催中!というところです。
年に一度のこのキャンペーンですが、心からの感謝の気持ちを込めて、今年も6/22(月)までの期間中に入会された方は入会金が無料になる特典になっております。
ぜひこの機会に、現代人必須の「読み書きソロバン」=パソコンと仲良くなるべく入会されますように、お待ちいたしております。

さて、今年は年明けからIS(国)の残酷な事件で始まり、ネパールでの大地震や、箱根や口永良部島の山の噴火が相次いで、インドでは暑さで死者が2,000人を超えたという(実はインドでは毎年熱波で数百人は亡くなっていると知って二度びっくりですが)、この地球環境の悪化や異常気象などを、全部がつながっているとは思いませんし思いたくもありませんが、最近関東でも地震が多くなっているのをみると、何か不気味に感じます。せめて人間社会では美しいガイア(地球)のために力を合わせなければいけないのに、あちらこちで紛争だらけ、戦争の火種が絶えないのは、つくづくと人間の愚かさを思います。

今年は戦後70年という大きな節目の年で、いろいろな所でいろいろとちなんだ催しが計画されていますが、わけても、この機に合わせて日本の政府は念願の憲法改正への道ならしを進めようと懸命のようです。
今国会で8月までに、安保法制の関連法を一度に10本も一括して審議して通したいとのこと。それらの名称が「国際平和支援法案」とか「平和安全法制整備法案」というそうで、安倍首相が「平和」と入れるのに強くこだわったとのことです。「平和のため」とか「自衛のため」に派兵して後戻りのできない戦争になって行くのは、第二次大戦をはじめとして歴史が証明していることですから、むしろ不安がつのるのは私だけではないでしょう。
法政大総長の田中優子さんは毎日新聞紙上で、『「安全」が原発の包み紙だったように、「平和」はついに戦争の包み紙になった。』と皮肉まじりに述べていました。

国会での審議のやりとりも、聞けば聞くほど実際の中身が分からなくなるようなものです。毎日新聞に山田孝男さんも書いていましたが、”存立危機事態” とか ”重要影響事態法案” とか、日本語としてもよく分からない「何やらえたいの知れぬ言葉」が多く、首相と大臣、与党議員さんたちの間でも言うことがマチマチだということは、提出している側の政府・与党自身がよく分かっていないことを決めようとしている、ということになります。
70年間の根本が変わるかも知れないという大事なことが、そんないいかげんなことではほんとうに困ります。首相の態度が ”はじめに成立ありき” で、なにか誠実に応えようとしていないようなのが問題です。言う中身が一貫しなければ信頼が持てませんね。

憲法の制約で今まで出て行けなかった所に自衛隊を出せるようにするというのですから、リスクが増えるのは当然の心配なのに、リスクはないと言ってみたり 「リスクは残る」と言って曖昧にするのは、現実のリスクに対するきちんとした備えをしないことにつながるわけで、現場の自衛隊の人たちにとってはこんな危険なことはありません。自衛隊員を含む国民を欺くことになります。そもそも、一国の首相たるものが一度ならず二度までも国会で恥ずべきヤジを飛ばすなんて、今まで支持していた人たちもほんとうに失望したのではないでしょうか? 多数の支持を得ていることにあぐらをかいてはいけません。「多数決=民主主義ではありません」と"全日本おばちゃん党"の谷口真由美さんも言ってましたっけ。

この日本の戦後70年間というのは、世界に誇れる平和憲法のもとにあったわけで、上の山田孝男さんの言葉を借りれば『非戦平和の理想は敗戦の反省に深く根差している』のです。『そういう存立を守るのだという力強い発信がほしい』と結んでいます。
私の好きな言葉も書いてありました。『小欲知足は日本古来の伝統である。』
「小欲知足」つまり、日本の武士道の教えやシンプルライフにも通じるものではないかと解釈しています。

特に昨年から日本の戦後70年の新聞記事が増えてきて、毎日新聞では関連の連載物が充実してきています。
デジタル版にも登録していると、手元に新聞がなくてもパソコンからちょこちょこと読めるのでやはり便利です。たとえば朝日新聞などを現在購読していなくても、(無論有料版もありますが)簡単な記事は無料登録のデジタル版で読めますから、皆さんへもおすすめします。

若者の新聞離れがはなはだしいですが、スマホばかりでスマホうとしないで(^_^;)、TVではあまり取り上げない話題や大事なことは、きちんとした記者が苦労して書いた記事を、ちゃんと読んであげてほしいと思っています。でないと、自分の足と目と耳で書く、いい記者が育たないですからね。

最近はトシのせいか(あ、イケナイ!禁句を言ってしまった!)ではなく、、、テレビに面白いと思う番組内容が少なくなってしまったし、メディアの大事な役割を果たしていないので、新聞には特にがんばってほしいと思っています。
毎日新聞は一般紙の中では購読者数が以前から少ないので、内容は良いのに…と優秀な記者さんたちを応援したいのです。署名記事が多いのも好感が持てますし、連載小説なども面白いのです。みなさんの読んでいる新聞はどうですか?

最近びっくりしたことで、大学生の間で新聞を読んでいる学生も少ないわけですが、読んでいるとしても読んでいることを他の友達に知られたくない、と思っているそうです!?
「変人」だと思われるからだとのこと。変わり者だとか「かっこつけていると思われたくない」から、隠れて読むのだとか! ほんとうに驚きました。大学生として読まないほうが恥ずかしいというのではなく、その逆とは!

久しぶりに書くと長い! とまた友人に叱られそう・・・
今年も80代の生徒さんから、お庭で丹精込めたバラを頂きました。
 matuyon

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by mitakamusasino | 2015-06-02 19:29 | 三鷹校 | Comments(0)  

"おかげさまで14周年"記念キャンペーン中

今年もほんとうに皆さまのおかげで、”おかげさまで14周年!” 開校記念キャンペーン
迎えることができました。去年は少し遅いスタートだったので、今年は6/1から6/22の日曜日までとしました。
東日本大震災から丸3年が過ぎ、4月には消費税がUPし、Windows XPのサポート終了の年となりました。生徒の皆さんには変わらず通ってくださり、ほんとうに有り難く感謝申し上げます。

長い間XPを使い続けてきた当校の生徒さんたちも、ついにこの3月末までにWindows8に
買い替え、変更されました。去年のキャンペーンの時にここに書いた2割弱の方々全員です。昨年同様、Officeでいうと2010の方たちが44%、2013が36%、2007が20%という構成
比になりました。Windows7(2010)が最も多いのは、市場の占有率に準じていると言えますが、当校ではVista(2007)の生徒さんもけっこう健闘しているといえるのではないでしょうか? 古くからの方々に加えて、XPが終わると聞いて、Vistaも今のうちに使いこなしたい…と思い立った方たちが新規に増えたということでもあります。

12年余もお世話になって来て、溢れるほどあったXPのテキスト、教材関係が徐々に教室
内から姿を消していきました。そのおかげで、ギュウギュウの教材ファイルの棚にも
少し余裕ができてよかった!…などと、懐かしい感慨に浸るどころか?ホッとしている
のが正直なところです。
しかし、なんと言っても、生徒の皆さんが「これを機に」と当校をやめるのではなく、全員が
スムーズにWindows8へ乗り換えられたことが、一番嬉しく、安心した大きな理由であること
は言うまでもありません。

この1年を振り返っても、世の中のIT化の波はすさまじいものがありました。
好むと好まざるとに関わらず、良いことも悪いことも、毎日ネットの世界と関係のない
ニュースは珍しいほどになりましたね。
前回ここで、今年初のビッグニュースとしてとりあげた、小保方晴子さんのSTAP細胞
論文のその後の展開が、まったく思いがけない残念な成り行きになってしまいました。
今でも、小保方さん個人に悪意があった結果だとは思いたくありませんが、当初の
期待が大きかっただけに、近年こんなにがっかりさせられた話も少ないかもしれません。
この「不正」論文騒ぎの発端が、論文発表のたった1か月足らず後の、ネット上での
指摘からだったということを聞いて、そのことも驚きでした。小保方さんがネット上で
探した論文からコピペしたとかいう話も出てきたりしました。
そういう時代だということですね。

「ビッグデータ」「集合知」などという、ネット世界の巨大さを示す最近の言葉がありますが、
まさにいろいろな意味でその凄さ素晴らしさ怖さが思い知らされていくように思います。
どうか悪いことに使われないようにと強く願います。
つい先日には、3Dプリンターで拳銃を作って(所持して)捕まった、大学職員の若い男性
がいましたね。この人は、その設計図をインターネットからダウンロードして製造して、
実際に撃って見せている姿を動画サイトにアップしていたというのです。そして曰く、
「拳銃を持つのは基本的人権の一つだと考えた」とのことです! いろんな考え方がある
ものですが、少なくとも今の日本では、これが「基本的人権の一つ」にはなり得ないことを、
幸いとしたい思います。

アプリケーションの「クラウド」サービスは当たり前の時代になりつつありますし、OS自体
もクラウド化して行く流れにあるということなどを聞くと、Web2.0ともいうようですが、
インターネットの世界もやはりまた、一段と違う時代に入ってきたという気がします。
世の中で使う人たちも、極端に縁のない人たちとネットやスマホがなければ夜も日も
明けないというような人たちとに、二極化してしまうのでしょうか?
しかし、高齢化時代にあって、そういう二極ではなく”第三極”の人たち、つまり上手に
パソコンと仲良しになってうまく付き合える人たちのために、今後も当校のような存在が、
少しでもお役に立っていけたらと願っています。

当校には80歳の女性の生徒さんで、毎日インターネットが楽しいという方、カメラ片手に
渾身のショットを求めてお出かけしては、クラウドの世界でお友達たちにその写真を
披露されている70代の生徒さんがいらっしゃいますが、これからも、もっとこういう年配の
生徒さんたちが増えていくことを目標に、私たちも精進を続けたいと思います。
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     生徒さんがお庭で丹精込めたバラを、また頂きました!

by mitakamusasino | 2014-06-04 15:49 | 三鷹校 | Comments(2)  

年頭に思う中高年の「務め」

新しい年を迎えたと思ったら、早や1月も末になってしまいました。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」という一休さんの歌が浮かびますが、子供の頃と違って「もういくつ寝るとお正月~♪」と単純には喜べなくなって久しい年末年始ではあります。

 

毎日新聞の近藤勝重さんは自分のことではなく、この国の先々のことや次世代を担う若い世代のことを考えると、「おめでとう」という言葉がためらわれる…とコラムに書いていました。国の財政難などの前途を思い、むしろ「お気の毒に」という気持ちになるというのです。

確かに「三丁目の夕日」世代の青春時代と違って、今の若い人たちは夢の持てない世代だ・・とはよく言われます。でも、私は「青春時代」なんてものはいつの時代も、実は苦しい中にあるのではないかと考えていました。

昔大ヒットした歌にありましたね「♪青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの 青春時代の真ん中は 道に迷っているばかり」「♪青春時代の真ん中は 胸にとげさすことばかり」…阿久 悠らしいいい作詞です。そのとおりだと思っていたものです。

 

しかし、それでも、青春時代を「あとからほのぼの」思えるようになる中高年のトシごろでの悩みや不安は、また質の違うもので、それはやはりその年頃になってみないと本当にはわからないものではありますね。

ただ、中高年になってからの憂いというのは、上の近藤勝重さんのように、自分のことだけではなく、周りや社会が見えてきますから、それら全般に渡ってくるのも自然なことのように思います。むしろそれが中高年者の「務め」のようにも思うのです。

 

昨年末に、はっきりしないお金の問題を追及されて猪瀬東京都知事が辞めざるを得なくなって、2/9投票日の、今は都知事選真っ最中です。

突然のように見える細川護煕 元総理大臣の立候補に、同じく元首相の小泉純一郎さんが全面的に応援するという、史上稀にみる立候補者絵図になりました。

元首相で70代の高齢の二人が一体となっての決意表明に「殿ご乱心」と揶揄するような向きもあり、「原発」は東京都の政治の争点にはふさわしくないとの議論がありますね。

 でも、それを争点にされては困る人たちがそう言っているようにも思われ、他の一国の人口より、経済力より大きく、日本の最大の電力消費都市である東京が、日本のみならず全人類史に責任を持っていることは明らかではないか、とも思われます。


あの3.11から今年は丸3年を迎えますが、まだまだ福島の原発の解決には気の遠くなるような年月と智慧と人力が必要なようです。いまだに流浪の民のようになった福島の人たちが多勢いるというのに、私たちはこの重い課題を考え続けることを止めようとしてはいないでしょうか?

現代人の経済力を保つために、いまだ後始末のできないものを後世の人たちに託す、というより無責任に投げ捨てて行くことになりはしないのでしょうか?

一方で、原発を停めてどんな生活が待っているのか? 一時的にせよ今の私たちの生活レベルを下げて、暗い寒い生活をする覚悟はあるのか? などと自身に問い直してみると、たしかにそんなに簡単に答えの出せる問題ではありません。

 

しかし、この難問に即答はできなくても、今自分にできることから実践している人がいらっしゃいます。
当 東京パソコンスクールの生徒さんで、あれからずうっと福島から物を買い続ける契約をして、今もコツコツと実行していらっしゃいます。とてもご高齢のこの生徒さんを、私が心から尊敬していることは言うまでもありません。気持ちはあってもなかなか実行できることではありませんから。3年めの今年は、この生徒さんを見習って私ももう1つ何かをしよう、と思い決めています。

 

知事選の話にもどると、事の正否は別にしても、もう何年も生臭い政治の世界から遠く離れていた二人だからこそ、自分の権力欲のためにではなく後世の日本のために、人類のために、最後にこれだけはやっておかなくては死んでも後悔する、と決心したのかもしれません?
実際には今のところ当選は難しいといわれ、「晩節を汚す」などとも言われているようですが、この人たちはそんなふうに言われるトシにもめげず、自らの理想に立ち上がったその精神の若さには、あの高齢のチャレンジャー 三浦雄一郎さんにも似た様な気概を感じる、といえばおかしいでしょうか? 残りの生命(いのち)を賭してチャレンジするという意味では、どちらが良い悪いとは言えません。

 

ところで今年初の明るいビッグニュースで、これぞ本当の”新人類”というような「リケジョ」(理系女子)が現れましたね! これからの日本の女子力を象徴するような快挙です。

iPS細胞を超えるという万能細胞STAPの作製に成功したという、30歳の若い彼女は、おしゃれにも周りにも気を遣い、おばあちゃんのかっぽう着を大事に着て、(もうダメだと)泣き明かしたことが何夜もあったけれど、でも「決定的にピンチだというときに助けてくれる人が居たから(やり遂げられた)」とコメントしていました。

 

私は特にこの最後のフレーズに感じ入りました。人一倍努力家で負けん気でかつ執念の人で、妥協しない人だとも評されていましたが、協調性のない孤立した人ではなく、周りに愛される人だという証しだと思ったからです。

彼女が中学生時代に書いて入賞したという立派な読書感想文では、夢と現実と大人になるということ、生命ということについて、すでにとても深く考えていて、今の彼女の核を作ってきた大事なものを感じました。

 

年頭の書き込みとしては、当初意図したものと違ってしまいとりとめのないものになってしまいました。それはまたにするとして、とりあえず、小保方さんのような女子力に乾杯して期待したいと思います。

昨今、四字熟語が分からない人たちが増えたからといって、実は日本の若者のことはあまり案じることはないのかもしれませんね(?)。

 

もうすぐ若者の祭典でもある、ソチ五輪が始まります。やはり若い人たちの躍動する姿は美しいですから、今から楽しみです!
  matuyon

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             野口英世に因んだフラスコ型の福島の地酒…実際は下の
           丸い部分はもっと大きいのですが…

by mitakamusasino | 2014-01-31 17:38 | 三鷹校 | Comments(4)  

今年も"おかげさまで13周年!"

今年の梅雨はカラ梅雨かと心配していましたら、こんどは逆に台風による豪雨の心配に見舞われています。
東京パソコンスクールは今年も早くも周年祭の季節となり、6月12日から7月3日(水)まで、”おかげさまで13周年!” 入会金無料キャンペーンの真最中です。

Windows8が出てもう半年以上となり、当校でもWindows8とOffice2013の生徒さんが少しずつ増えてきました。当校の歴史とともにあったような、長いXPの時代もとうとう来春4月2日で(Microsoft社のサポートが)終焉するということで、当校の生徒さんの割合も昨年までは3割以上を堅持していたのですが、さすがにここへ来て2割を切るまでになりました。(このXPの生徒さんの割合は、もうとっくに扱っていない所も多い他校に比べるといまだに高いようですが、2007の方が2.5割、2010の方があっという間に一番多くなり、現在5割強に。)

私たちパソコンソフトのインストラクターにとって、ソフトが日進月歩で次々と新しくなるのは嬉しいような苦しいような…というところです。どんな仕事でも常に自己研鑽は必要とされ、仕事に前向きに取り組む上では当たり前のことですが、ご指導する科目も多く、文字通り日進月歩でテンポが速いので、その教材作りや新しいソフトの学習と準備に常に追われている状態です。

ですから、「先生は凄いわね。なんでも分かるのね!」なんて感嘆してくださる生徒さんがいらっしゃいますが、(実はなんでも分かるわけはないですし)その陰では生徒さんたち同様、いえそれ以上に私たちもほんとうに毎日毎日学んでいるというわけです。
それがイコール仕事でもあるわけですから、これまた当然のことなんですが。少なくとも新しいことを学ぶのが嫌いな人には向かない仕事かもしれませんね。人間社会がネットの世界抜きでは語れなくなってきている現代、ますますクラウド化に向かっている新世界を覗く楽しみもあります。

また、機械を相手にしているようで実は人間、それも老若男女実に様々な生身の方たちと直接接するお仕事なので、何よりもまず、それが苦手な人には勤まらないかもしれません。技術以上にまず相手の気持ちを察するコミュニケーション能力、というわけです。
まあしかし丸13年も続いて来られたのは、上に書いたように感嘆し喜んでくださる生徒さんたちに支えられ、自らも苦しい中にも学ぶ喜びがあり、そんな生徒さんたちから「ありがとう」と言われる幸せなお仕事でもあるからだと思います。

ところで、80歳でエベレスト登頂を成功させた三浦雄一郎さんの実行力と意志の強さには驚嘆させられました。ほんとうに多くの人々が励まされのではないでしょうか?
どうしてあんな苦しいことを!とも思いますが、その陰で超人的な努力をし、苦しいことを乗り越えてこその「世界一の喜び」だったのでしょうね。
三浦雄一郎さんの真似はできないにしても、小さくてもその人なりの目標を持って、チャレンジとそのための努力をする人は、”老人”ではありません。何事も「私なんかもうトシだから」とか「どうせダメよ」とか言って頭からやろうともしない人は、実年齢が若くても”老人”です。

「トシは取りたくないものだ」とは、年々実感をともなってつい出そうになる言葉ですが、それを逆に、「トシを取ってみないと分からないこともある!」と、ちょっと面白がる余裕も持ちたいものだと最近考えています。
実は私事ですが、この春2か月に渡って左右の目の白内障の手術を受けたのです。それは初めての貴重な体験でした。家族が同居している人や家が近い人、比較的若い人(または病院の都合もあるかもしれないが)などは日帰りで可能とはいえ、やはり手術となると不安もありましたが、いろいろな"新世界"の初体験と発見がありました!

手術翌日には眼帯を取ってもらえるのですが、最初に見せられた鏡で何がショックだったかと言って、自分の顔のシミしわにはビックリ仰天するぐらいショックでした。
シミしわがあるのは十分自覚していたとはいえ、なんでもぼーっと見えていたのですから、相当割り引かれて見えていたのですね。
今となれば笑い話のようですが、世の中には見たくないものは見えないほうが幸せということもあるということです。この数年、特に夜は新聞も本も、読みたくても読めない辛さ口惜しさストレスがつのっていましたから、それが解消される喜びはとても大きなものだったのですが、術後すぐはその嬉しさも半ばなり? という複雑なところでした。

そして、あまりにしょげかえった私に同情した?夫が放った言葉が、「大丈夫だよ、皆は前からその顔を見ていたんだから!」でした!! (笑っていいのか泣いていいのか!?) 
まじめな話、中には手術で治らない方もやはりいるわけですから、事前によく調べてもらわなければなりませんし、成功してのこんな悩みは贅沢なことではあります。
次に面白いと思ったのが、このハナシを私が周りの友人たちにすると、皆が皆、即ご自分のお顔のことを言うのです。私は人様の顔のことを嘆いているわけではないのに、「あら、困ったわ。じゃあ私の顔のしわやシミもよく見えてしまうわね!」とおっしゃるのです! これも私には予想外でした。メールで伝えた人は、「じゃあ今度会うときには、しっかり念入りにお化粧して髪も染めて行かなくっちゃ!」という方や、会っているとお顔を手で隠しながら上のセリフをおっしゃる方などなどです。
まあ気を許した相手だからですが、つい吐露した自分の心情がむしろ相手に向かって行く矢のようになったことに戸惑い恐縮しながら、数人目には「皆さんのお顔は変わらずきれいですけどね!」と、前置き後置き?しつつ話していました。本当にお世辞ではなく、友人たちのお顔は変わらずに見えるのですから、それも不思議なことでした。

日が経ってみれば、当初は受け入れがたかった現実もしだいに受け入れられてきました。単に見慣れ諦めたのかもしれませんが、人間の耳や目は自然と、耳障り目障りなものはなるべく入れないようにして、こころの目や耳で美しいもの、必要なものを自分で選択して微調整しているのではないでしょうか?
家の中の汚れや床の髪の毛などもよく見えて、不精な私がマメにお掃除をしたくなるのは良いことなのでしょうけれど、これも多少見えなかったり見て見ぬふりをするほうが、お互いの健康と幸福のためということもありますね。

看護師さんに最初に注意されたのがこのことでした。あまり見えるからといって、すぐに動き過ぎ、目を使い過ぎにならないように、と。でも私は仕事がら、毎日パソコンを見ないわけにはいかないので、これはなかなか難しいことでした。
その後もつい目を使い過ぎて看護師さんに叱られながらも、特に去年から愛読していた新聞の、それも朝夕の連載小説を、毎日ストレスなくゆっくり楽しんで読める幸せは格別なものです。

東日本大震災から2年3か月が過ぎましたが、実はこの毎日新聞の連載小説は朝夕の2本ともが、大震災と原発に深く動機づけされている物語なのです。ですからこれについてはぜひゆっくりとご紹介したいので、次に回を改めてお話したいと思っています。
どうかお楽しみに!
  matuyon

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~『北海道無料写真素材集』から~

by mitakamusasino | 2013-06-21 14:46 | 三鷹校 | Comments(4)  

"おかげさまで12周年"開校記念キャンペーン中です!

"おかげさまで12周年"開校記念キャンペーンが始まりました。
6/3(日)~6/27(水)の間に入会された方には、入会金が無料になる特典が
ありますので、お知り合いの方で「そのうち…」などと迷っていた方々には、
これをきっかけに始められますようお奨めください。
(なお、在校生のみなさまのご紹介で入会された場合には、みなさまにも
お礼の商品券を差し上げております。)

去年の開校キャンペーンの時のこのブログを見ると、3月の大震災後、初めての
計画停電も経験して、節電節電という危機感の中にあったことを思い出します。
その昔シンプルライフをめざしていたはずの自分の暮らしも、いつの間にか
モノにあふれた生活になってしまったことに忸怩たる思いで、GNH(Gross
National Happines 国民総幸福度)の高い国、ブータンのことを、書いていました。

GDPで言えば日本よりずっとずっと貧しい国なのに、真っ先に日本に支援金を
送ってくれて、新婚の国王夫妻がその後11月に来日されるとは、何か深い縁(えにし)
を感じないではいられませんでした。
これを機に、日本もブータンをみならい、また、リサイクル社会だったといわれる
日本の江戸時代の良いところを思い起こし、先祖の知恵を復活させたいものです。

さて、やはり昨年ここで、スマートフォンやツイッターの時代になると書きましたが、
1年後のいま、まさに凄い勢いでスマートフォンの世の中になりましたね。
私も、こんど買い換えるときには、やはりスマートフォンかなと思っているぐらいです。
毎日新聞によると、携帯電話から"スマホ"に変えてから、利用時間が以前の倍以上
になったという人が4割を超えているとのことです。

つまり歩きながらネットを見るような人たちが増えたということです。
それに比して、平日に本を読む時間は(国民生活時間調査によると)、全世代平均で
たったの13分だそうです。
ネット時間に浸食されて、活字を読む時間がますます減った結果、人々の思考力を奪う
ことになっているのではないか? という危惧が述べられていました。

たしかに、ネットで簡単に知識を手に入れることができるようになり、あまり長文のものを
じっくり読んで考えなくてもよくなっています。
しかし、その知識は断片であり、箇条書きの知識ですから、自分の頭で考え直し組立て
直して自分の言葉で語るということが少なくなっていますし、きちんとしたコミュニケーション
をとれない若者が増えているように思います。
無論、だからネットが悪いとここで言いたいのではありません。

これも毎日新聞からですが、橋下大阪市長がツイッターを愛用していて、日に平均23回、
多いときには139回もつぶやくそうです!! でも、その内容の多くはTVなどで意見の対立
した人への、「役立たず」とか「バカ」「頓珍漢」などを連発する、厳しい批難や悪口で
140字が費やされていて、ストレス発散の道具になっているようだというのです。
また、この橋下さんのツイッターのフォロワー(読者)が73万人もいるそうで、その、悪口
雑言を読んで、自らが抱えている閉塞感をも解放される気分になっているのでは? 
とも書かれていました。

しかし、これはずいぶん寂しい話ですね。
確かに他人への小気味良い攻撃口調というのは、溜飲を下げてくれることがあるのは
否定しませんが、自分から発信するのならまだしも、こんな洪水のような人の悪口を
毎日読んで、自らもほんとうに解放されるでしょうか? 
現にこの記事を特集した記者は、「確かにライブ感があってドキドキする」し、「力強さを
感じる一方、読み続けるのがつらかった。」と述べています。

こういうものをいくら読んでも、自分の考えを醸成することはできないでしょう。
教室でパソコンの授業を行っていて、最近つくづく感じるのは、生徒さんの世代によって
インターネットの受け止め方が大きく異なることです。
無論例外はあるのですが、いわゆる高齢者といわれる年代の方々に、ネットの世界の
有益さ面白さ楽しさ、を実感してもらうのはなかなか難問のようです。
反対に若い人たちは、「インターネットなんてわざわざ"教わる"必要あるの?」という
ぐらい自明のもので、当たり前に感覚的に受け入れており、いまや必需品になっている
ものです。

この格差を埋めるのが、また私たちの仕事だとは思っているのですが、実際にはそう
簡単ではなく、私たちのプロとしての腕が試されています。
すでにネット社会のますますの波及を止めることは不可能ですし、たとえば車社会の
日常化と同じように、便利さと裏腹に上に書いたような新しい弊害も生まれてきます。
文明・文化の発展とはいつもそういうものでしょう。
国民の97%が「幸福感」をもって現在の生活を受け入れているブータンでも、最近は
テレビの普及とともに若者の非行が顕在化してきており、危機感を持って警戒して
いるといいます。

今年の電力の危機感は関西のほうが強い流れになりましたが、これからの全国民的
課題であることに変わりはありません。
東日本大震災を経験して1年数ヶ月、文明の享受ばかりではなく、それをどうコント
ロールできるか、どう自然環境との折り合いをつけながら、身の丈に合った暮らしを
していくか、が問われ続けています。

ネットで新しいことばかり追うのではなくて、歴史に、昔の暮らしに学び、老人の知恵
を尊び訪ねて、文明の利器を使いこなしていくことが大事なのだと思います。

d0076971_19464816.jpg以前にこのブログでご紹介したことのある、76歳の
ろうあ者 鈴木義夫さんが、こんどは自らの自伝小説
『ろうあのよっちゃん苦闘物語』を文芸社から出版
しました。

とても素朴な暖かい文体で、柔和な鈴木さんの風貌
からは想像もつかない、辛い戦中戦後をたくましく
生き抜いた半生が描かれています。
小学生で親を亡くした「ろうあのよっちゃん」の物語に
は泣かされましたが、私たちが忘れてはいけない人
たちの経験と歴史がここにもありました。

(ご希望の方は、ご本人のサイン入り本が当教室にありますのでお申し出ください。)
 matuyon

by mitakamusasino | 2012-06-04 00:58 | 三鷹校 | Comments(0)  

老楽風呂のすすめ

「暑い暑い」と言ってボーッとしているうちに、長かったはずの夏休みも終りましたが、
皆さんはいかがお過ごしでしたか? 厳しい残暑も峠を越してもうひとがんばりですね。

生来ピンボー性なのか、休みが続くと何か申し訳ない気分になったりするのですが、
そんなときに、経済学者 浜 矩子さんが毎日新聞のコラム「目指すは老楽国家」
で紹介されていた、桂 文珍の落語「老楽風呂(おいらくぶろ)」を聞いて、「ボーッ」と
することは良いことなのだと、大笑いしながら癒されました。

浜 矩子さんは見かけはちょいと恐いですが、グチャグチャの日本の政治などについての
コメントがとても胸のすくところがあって、最近の私が好きな人なのです。
このコラムでは、最近の日本は悪魔に魂を売ってでも永遠の若さを手に入れたいと
望むファウストのようだと言っています。
経済成長一直線の良き昔よ今一度、とばかり考えるのはもはや違うということでしょう。

成長著しい中国などの若い国家を競争相手として意識するのではなく、成熟した
国家として英国やイタリアなどのベテラン国家をこそ意識して乗り越えて行くべきだ、
「永遠の若者は永遠に大人にはなれない」のだから、です。
3.11を経験した私たち現代の日本は、もう一回り大人になるための試練のときを
与えられたようにも思います。

そこで、文珍の「老楽風呂」に出てくる老いを楽しむ達人のハナシです。
IT化の進んだ会社生活について行けない疲れた中年男性が、銭湯で出会った達人から
「ボーッとしなさいよォ~!」、老いは楽しい、老いを楽しみなさいと、人生の極意を教わる
のです。

最近、なでしこジャパンの佐々木監督の寒いおやじギャグが有名になりましたが、
この落語では佐々木監督も負ける(?)すごい駄洒落の連発で,ほんとうに可笑しい
のですが、レストランでの店員さんとの通じない日本語のやりとりには、笑えない共感も
覚えます。

文珍さんの落語を直接聞いてもらったほうが良いので、声だけですが「ニコニコ動画」
から転載しました。長くはありませんからお楽しみください。
ニコニコ動画はメールアドレスとパスワードで(登録しなくても楽しめる範囲もありますが)
登録さえすれば、これらのいろいろな動画などが無料で楽しめます。
matuyon


by mitakamusasino | 2011-08-24 13:51 | 三鷹校 | Comments(0)